藤井富伝。 最初は5人で入植し、 作物が育たないため 3年間草と魚介類で 飢えをしのいだ。 5人のうち2人は、 毒の草を食べて 死んでしまったという。 その後は26で入植。 1894年には 35世帯の集落を作り上げた。